農耕というのは自然という曖昧なものを相手にしますから、集団の画一化も曖昧さを残していました。たぶん現代では重度に分類される障害以外は「障害」にならなかったと思います。
これが近代に入って工業化が始まると、ずっと厳密な画一化が必要になります。工場での労働は畑仕事と違って時間や手順が細かく決まっています。そして、大人になったとき時間や手順を守れるように教育するための機関としての学校が登場します。
ここまでくると、ADHDのように多動だったり、アスペルガーのように上手く空気が読めないことが「障害」になってきます。また、このエントリでは詳しくふれてませんが、近代化して知的生産の割合が高い社会になるほど、知能指数の低さが「障害」になるのだと思います。